路地裏:戦慄の心霊スポット:新潟県

路地裏:戦慄の心霊スポット:新潟県

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越後胎内観音:童女石 ・新潟県胎内市下赤谷

・レポート ・動画

予め断っておくが、ここは当サイトで主に取り上げている心霊スポットとは少々違うものであり、決して夜な夜な訪れる様な場所ではない事を予め明記しておく。

新潟県胎内市下赤谷に「越後胎内観音」という、青銅製のものとしては日本一大きさを誇る観音像がある。この観音像は、昭和42年8月に起きた「羽越豪雨」の犠牲者のご冥福を祈る為に、また災害後のこの地および日本の安全を祈り、建立されたものである。この越後胎内観音の山門の左側に御堂「帰林殿」があるのだが、そこに「童女石」と名付けられた石が安置されているのだ。

大きさを表現すれば、縦15cm弱・横20cm弱程であろうか、然程大きくはないその石に、小さな白いシミが浮き出ているのだが、それが少女の顔に見える。なので「童女石」という訳である。

この石は、越後胎内観音を参拝した男性が、近くで石を拾い持ち帰り、泥などの汚れを落とすと少女の顔が浮き出ているのに気付いた。

「これは水害で亡くなった犠牲者が浮かび上がったものだ」

そう直感した男性が、今ある帰林殿に納めたものなのだそうだ。昭和46年の頃の話である。

この童女石は非常に有名であり、この私も幼少の頃には既にTV番組などにより、その存在を知っていた。ただ、4~5歳という余りにも幼い頃であった為、そのモノクロのシミの具合に、ただただ恐怖の記憶だけが強く残っている。しかし、この石に込められたものは、その様な恐怖では決してないと思える。この災害の記憶を未来に伝えるために、観音像と共にあるのではと、個人的に感じるのだ。

冒頭にも記載した通り、この地に深夜に訪れたりする様な事は絶対に推奨しない。ただ、明るい時間帯に参拝し、童女石を前にご冥福を祈るのを目的とするならば、それは大いに推奨したい。幼少より40年の月日の末に、童女石を目の前にした時、最初に抱いた恐怖心を一掃してしまう少女の微笑を見た時、そんな想いは更に強くなった。

谷川岳・一ノ倉沢 ・新潟県南魚沼郡湯沢町

群馬県と新潟県の県境にある谷川岳一ノ倉沢では、多くの登山者が霊を目撃しているそうだ。おそらく現地で亡くなられた方々の霊なのだろうが、遭難などの事故の少なくない山においては、このような事例もまた比例するものなのだろう。

多くの霊が、成仏されずに現地で地縛霊化していると思われるのだが、不思議と憑依されたという事例は少ないそうだ。それは登山家たちの心構えだとのことである。

「山で霊を目撃した場合、心から合掌し、その霊の冥福を祈るのが習慣であり、そうしたものが霊に通じ、霊障を受けずにすんでいるのではなかろうか」

とは、私が幼少より注目し続けてきた故・中岡俊哉氏が書籍にて語っていたものなのだが(恐怖の心霊地図帖:二見書房)、こういった心構えは、登山家に限らず、我々も日ごろ持ち続けたいものだと思う。

たたずが浜 ・新潟県某市

・お客様の声

新潟県の通称「たたずが浜」と言うキャンプ場では、毎年のように怪現象が起きていると言われているそうだ。手元に詳しい住所が記載されていないのが残念だが、恐らくは記載できない理由があるのだろう。

霊の出現する時間帯は殆ど決まっているらしく、午後の11時以降が出現のピークと言われている。様々な怪現象が起きるとされているが、中でも多いのが、テントの外から名前を呼ばれ、確認の為に外に出るも誰一人いない。そしてテントへ戻ろうと振り返るとそこに「何か」が立っているそうだ。

また、上記では通称であり住所などの詳細は分からないとしていた。しかし、この記事を見た方より、ある情報を頂いた。それによれば、

「実は民話に基ずく話が民間伝承され、遂には怪談や心霊スポットとされたと思われます」

と記されていた。その民話にまで話が及んでしまうと、話が余りにも長くなってしまう。なので、ここでは

「最終的に村は祟りにより壊滅状態となり、その廃村が“たたずが浜”と呼ばれるようになった」

という結果のみを記載するに留めておくことにする。また、この民話を含めたものは、気が向けばPC版のコラムにでも書いてみようと思う次第だ。

大円寺:観海上人 ・新潟県新潟市中央区

・レポート ・動画

新潟県新潟市にある「大円寺」の、かつての住職「観海上人」は、人々の苦しみを代わって受けようと思い、難行苦行の末に土中に入った。即身仏になる為に入定したという訳だ。

この際に「7年経過したら掘り出してほしい」と周囲に託したのだが、それが叶う事はなかった。というのも、当時は墳墓発掘禁止令が発せられており、それを行えば墳墓発掘罪に問われてしまう訳である。なお、この禁止令が発せられたのは明治元年なのだが、上人が入定したのは、それから先の明治11年である。その辺の経緯などは不明だが、罪に問われようとも即身仏になろうとする、上人の覚悟を感じる。

そんな覚悟の末の入定だったのだから、それが叶わなかった時の無念は相当であったのは明らかだ。いつしか上人と思わしき姿が目撃される様になり、また誰もいない本堂から経文を唱える声が聞こえた事もあったそうだ。それ以外にも様々な怪現象が起きたとの噂も聞かれたそうだ。

そんな無念の上人が、ようやく掘り出されたのは約束の年より遅れること90年以上。年号も変わってしまった昭和50年代初頭に掘り出され、その模様は某TV局にて放送された。出土した上人は、残念ながら即身仏ではなく骨の状態であったそうだ。その中の頭部の骨は完全な形で出土されたそうで、復顔術がほどこされ、その後に手厚く供養されたそうである。

その復元された頭部は、上人が入定したとされている8月24日に法会が行われ、その際に限り開帳されるそうだ。

この大円寺は、このサイトで紹介する心霊スポットとは少々趣が違うと思う。しかし、上人の人々を思う強い願いとその覚悟、そしてそれが叶わなかった無念さを伝えるために、ここに記す事とした。

神明公園 ・新潟県新潟市中央区女池神明

・レポート ・動画

国道8号線「新潟バイパス」の「女池インター」付近に、何の変哲もない若干寂しげな公園がある。「神明公園」という名のその公園は、大きさも遊具も一般的な公園で、これといった特徴はないのだが、「昔は処刑場であった」という裏の顔に、この上ない特徴がある。

なるほど現地の妙な寂しげな雰囲気は、この裏の顔の影響なのだろうか。しかし実のところ実際に処刑場があったかは実は微妙であるそうだ。

また公園内のトイレでは、以前に女性が自殺したという事もあったらしい。そんな関連から、トイレにおいて妙な写真が撮影される事があるそうなのだが、私が撮影した際には残念ながら何も写らなかった。

公園ある区画内には神社があり、そちらも夜になれば、なかなかの雰囲気を演出する事だろう。そういった様々な要素により、今日に心霊スポットとしての噂が囁かれる様になったのだろう。

論地池 ・新潟県新潟市西区

・レポート ・動画

「どんち池」という名で知られ、またPS2ソフト「四八(仮)」のストーリーの1つに登場する現場の1つであるのが、ここに紹介する「論地池(ろんちいけ)」だ。ゲーム発売が切っ掛けとなって有名になったのかは不明だが、この池では様々な噂や言伝えが存在しているそうだ。

霊的な噂としては、水面を横切る霊が目撃されるといった、いかにも的な情報だ。また、そんな幽霊話の他に「河童伝説」の情報も、現地の案内板によればあるそうだ。

その案内板によれば、江戸時代に「長寛2(1164)年12月15日、
鋳造師二輪忠成と中宮寺」と記述された瓶が掘り出されたそうだ。それにより、ここには「中宮寺」という寺院が平安時代に存在したという事になるそうだ。

中宮寺といえば、奈良の日本最古の尼寺の中宮寺を思い起こすが、この池は別名として「尼池(あまいけ)」とも呼ばれているそうだ。

現地および周辺は、基本的に鬱蒼とした雑木林に囲まれており、内部に入るにはそれなりの覚悟が必要であり、また季節や天候により潜入の難易度も変化する。しかも個人の所有地である可能性も高いので、無造作に入り込むのは止めておくべきだろう。その上、その先は水場であり下手をすれば落ちてしまう可能性も、無きにしも非ずである。

そんな様々な理由により、現地への潜入はここでは推奨しないし、かくいう私も、先日にこの池へ出向いたのだが、遠目より撮影するに留めておいた。過去に存在したと伝えられる中宮寺の事や、河童や霊をイメージしながら遠目に眺める取材も、それはそれで悪くはない。そうしておく事にしよう。

ホワイトハウス ・新潟市西蒲区

・レポート ・動画 ・お客様の声

もはや全国的にも有名となった廃墟物件「ホワイトハウス」である。各メディアでも取り上げられ、その姿を知る方も多いのではなかろうかとも思う。

現地における情報も、その知名度のためか様々なバリエーションが存在するが、幾つかの共通点が見られる。この物件を心霊スポットと呼ばせるには欠かせない共通点でありキーワードでもある。それらを挙げると、まず物件の背景的要素として

・精神病患者
・監禁
・一家殺害
・自殺

といったものではなかろうか。要するに、こういった血生臭い背景に、様々なイマジネーションを掻き立たせて、やがて噂が広がるということなのだろう。また建物の2階の窓の1つに“鉄格子”が設けられているのに、上記の“精神病患者”という部分にリアリティを感じてしまうようだ。

また、実際に訪れた後の、いわゆる霊障が起きることも、心霊スポットとしての地位を確立するための大きな要因である。無気力状態に陥ったり、はたまた事故に遭遇したりといったものが、比較的多く聞かれる霊障ではないだろうか。

もはや心霊スポットとしての知名度は確立されてしまった感もあるのだが、実は「単なる廃墟物件である」といったクレームが多く聞かれるのも、また有名スポットであるが故なのだろう。

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日蓮の洞窟:七面大天女岩屋 ・新潟市西蒲区

・レポート ・動画

有名な心霊スポット「ホワイトハウス」から程近い位置にあるせいか、肝試しスポットとしても知られるのが、この「日蓮の洞窟:七面大天女岩屋」である。

地元では「岩屋」と呼ばれているこの場所は、現地の案内板を参照すると、日蓮聖人が佐渡へ流罪となった際、その途中で角田浜に上陸し、その時この岩穴に住んでいた七面大蛇を教化したそうだ。以降、大蛇は七面大名神として、ここで祀られている。日蓮聖人が佐渡へ流罪となったのは1271年とされているので、実に古き伝説である。

また、岩穴にある石は、夜になると勝手に積み上げられるという不思議があり、そこは賽の河原と呼ばれている。この賽の河原の積み上げられた石を崩したりすると、様々な祟りが起こると言われ恐れられている。

また、夜になると石が勝手に積み上げられると書いたが、中には深夜に老婆やら子供やらが石を積んでいる姿を目撃したとの情報も、実しやかに噂されている。

祟りは確かに恐ろしいのだが、それ以前に霊場であるこの地で粗相な事を起こせば、それは何かしらのお叱りを受けても致し方のないところだ。現地へ訪れる際には、良識ある心で向かうべきであるのは言うまでもない。

シーサイドライン:赤い橋 ・新潟県新潟市西蒲区

・レポート ・動画 ・お客様の声

新潟県の日本海沿いを通る国道402号線。そのうち、西蒲区角田浜から長岡市寺泊までの区間は「越後七浦シーサイドライン」といった名称が付けられている。

そのシーサイドラインを角田浜から南下し長岡市へ向かうと、海から山へと向かう左カーブの上り坂に差し掛かる。そこをそのまま進むと、その先に赤い橋が見えてくるのだが、この橋が心霊スポットとしても知られている「浦浜大橋」である。正式名称である浦浜大橋よりも「シーサイドラインの赤い橋」と言った方が分かり易いかもしれない。

「ここで事故死した看護師の霊が出る」といった内容が、この地における霊的情報の筆頭に挙げられるだろうか。またその看護師の霊の仕業かどうかは不明だが、この橋を渡る際に黙って渡らないと事故死するといった怖い情報も存在している。

その他に、このシーサイドライン全域にも色々と噂があるそうだ。しかし、約14kmという余りにも広域であるが故、この象徴的な橋に霊的な噂が集中する様になったのではと思う。あくまで個人的な予想なのだが…。

間瀬隧道 ・新潟県新潟市西蒲区間瀬

・レポート ・動画

弥彦山スカイラインの終点付近に延びる古びた旧道を進むと、「間瀬隧道」という雰囲気のあるトンネルが現れてくる。

昭和初期に竣工された歴史あるこの地には、噂によれば悲しい歴史もあるそうだ。事故死した者も存在している様で、その霊が出るという噂があるそうだ。また母子の霊の目撃談もあるそうだが、その霊も、やはり現地で事故に遭遇してしまった悲しき霊なのだろうか…。

人面トンネル ・新潟県長岡市人面~三条市大平

・レポート ・動画

1983年に竣工という比較的新しいトンネルであり、他に噂されるトンネルと比べると、月日を感じさせる独特の雰囲気は感じないかもしれない。それでもなお、こうして少なからず噂が聞かれるその要因は、その名称がそうさせていると思われる。

“人面”と“トンネル”と聞けば、思わず埼玉県の「畑トンネル」を連想してしまうのだが、この人面トンネルは埼玉とは全くかけ離れた新潟であり接点は全くないと言ってよいだろう。そもそも呼び方は「ひとづら」であり「じんめん」ではない。

それにしても、その「人面」という名称は、何やら恐ろしげな“何か”を想像してしまうのだろうか。このトンネルでは通行中に、例えば「バックミラーにいないはずの人の“顔”が映り込む」とか「トンネル内で写真を撮ると“顔”が写る」といった噂が聞かれる。また、その昔に崖崩れにより多くの死者が出ていたり、また自殺者がいたりといった噂もあり、それらと現地での霊との関連を匂わす様な情報もあるそうだ。

なお、この人面の由来は、この村を開拓した人物が4人いたという伝説から来ているらしい。そのために「四人村」と呼ばれたそうであり、また、4人衆という意味合いだろうか「4人面」とも呼ばれていたらしい。“しとむら”または“しとづら”で、後者が“ひとづら”となり後から漢字が当てられて…といった具合になったのが、どうやら本当のところらしい。

地名の由来がどうあれ、現在に「人面トンネル」という雰囲気ある名を付けられたトンネルは、人々に何かしらの恐怖感を与えているのだろう。

「以前から不気味なモノを感じていた」

といった情報が、実は何気に多いトンネルなのである。

比礼隧道 ・新潟県長岡市比礼~浦瀬町

・レポート ・動画 ・お客様の声

榎峠を通る旧道に設けられたトンネルがある。榎峠のトンネルなのだから「榎隧道」なのだろうと思いきや、そこにあるトンネルにはめ込まれた銘板には「比礼隧道」と刻まれている。何とも紛らわしいのだが、付近には「新榎トンネル」も存在し、そんな事もあってか、地元の人々のあいだでは「旧エノキトンネル」との呼ばれ方が圧倒的らしい。

そんなこの比礼隧道では、旧トンネルに有りがちな霊的情報が少なからず存在しているそうだ。内容としては沢山の視線や気配を感じ、気が付けば窓ガラスに手形が付いていたといった何とも月並みな情報なのだが、周囲には外灯や民家の皆無である現地の雰囲気もあってか、訪れる時間帯によっては実に不気味なトンネルであるのは間違ない。

トンネルと、そこから延びる道は、決して廃道ではなく現役の道路だ。しかも新榎トンネルが開通した昭和63年までは国道351号線であった。昭和63年といえば平成へと変わる寸前であり、思いのほか旧国道となってから日が浅い。ここを通行していた人々の記憶も、まだそう遠くなってはいないので、いろいろな事を記憶している人も多いかもしれない。

糸魚川トンネルは何処? ・新潟県糸魚川市

この「糸魚川トンネル」の情報を知ったのは、確か昭和60年の頃であったと思う。幼少より愛読していた故・中岡俊哉氏の書籍の1つである「恐怖の心霊地図帖:二見書房」により知ることの出来た現場なのだが、いざ実際にその場所を確認しようとしても見つけられない現状が待ち受けていた。

以降、私はこの「糸魚川トンネル」を、合間を見ては地図などでチェックしていくのであった。はたしてそのトンネルは存在するのだろうか…。それは追々コラムにでも書こうと思う。

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