| ■二重ノ峠:上り口 ・熊本県阿蘇市車帰 |
・情報提供者:ast様
地図を下記に添付してるのですが、ここに神社があるのです。
神社が建っている場所は旧道なので、車の通りは昼間でもありません。
初めて私がここを通って気持ち悪いと思ったのは、メインの道路のほうを走ってるときだったのですが、友人と二人で深夜のドライブ中でした。
二人とも適度に感じるほうだったのですが、その日は山を登り始めてすぐ
「上ってくるな!!」
と言う強い拒否を感じてUターンして戻りました。
そのとき確かに後部座席に何か座ったのを二人で感じました。
気配自体は山を下り終わって暫く走った場所で霧散しました。
後日どうしても気になり日中そこに行き、静かに語りかけながら歩いたところ、旧道の神社にたどり着きました。
何がお祭りしてあるかまでは分かりませんでしたが、上るなと仰ったのはそこのご神体のようです。
どうも性質が悪いのがうろついてるみたいで、警告を飛ばされてるっぽいです。
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| ■阿蘇大橋(赤橋) ・熊本県阿蘇郡南阿蘇村 |
・情報提供者:尾張瀬戸のゴーストハンター様
岐阜県にも、いくつかの心霊スポットが点在してます。八百津町の朝鮮トンネル(二股トンネル・国道418号線)も有名ですが、もっと凄い心霊スポットが多治見市に集中しています。その一つが、旧中央本線廃線跡区間にあります愛岐トンネル群13号トンネルです。
明治時代に当時の高蔵寺(愛知県春日井市)〜多治見間に14箇所のレンガ貼りトンネルが庄内川沿いの崖っぷちに掘削されました。そのうち9号トンネルを除く全てのトンネルが残存してます。1966年(昭和41年)に新線に切り替わり廃線となり、地元に払い下げられたまま自然のまま放置された貴重なトンネル群で今年(平成21年)2月に経済産業省から近代化遺産登録を受けた名所です。
レンガ貼り構造物としては碓氷峠を凌ぐ日本最大の遺跡になる可能性があります。その愛岐トンネル群にある13号トンネル(多治見駅より西方向:名古屋方面)が岐阜県内で最も危険な心霊スポットであるとの噂です。
愛岐トンネル群は、元々は掘削工事で20名以上の殉職者が出てましたが、特に14号・13号・7号トンネルが難工事だったようです。開通後も14号・13号トンネルでは何故か投身自殺が相次いで発生していたらしいです。その度に列車の運転が止められたそうです。噂では、13号トンネル内で、ある工事中に事故が発生して朝鮮人作業者が亡くなったという情報が最近になって流れ出したようです。
ちなみに八百津町の朝鮮トンネルでも同じ事故が起きたとされてますが、こちらの工事終了は戦後。昭和28年頃で当時は外国人労働者を殆ど雇って無かったらしいです。
13号トンネルでは、廃線後に肝試しで入った方の体験談ではレールが無いのに坑内でSL列車が爆走する騒音が鳴り響いたという話もあり、あの【口裂け女】発祥地説もあるトンネルです(口裂け女については、八百津町本命説が有力です)
現役時代に坑内で自殺が相次いだのは間違いないです。でも、全ての謎が解明できていないのが13号トンネルです。ちなみに14号・13号トンネルは、地元の有志により愛岐トンネル群の一部として、季節限定で遊歩道開放する計画が進められてます。(愛知県春日井市側のトンネルは季節限定で部分開放することがあります)ただ、12号・13号トンネルは坑内が余分なコンクリート構造物で閉塞され行き止まりになってるそうです。
なんにせよ、まだまだ謎が多い13号トンネル。続報が待たれるところです。
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| ■田原坂 ・熊本県鹿本郡植木町 |
西郷隆盛率いる西郷軍と政府軍が衝突した西南戦争。その激戦地の1つが、この「田原坂」である。その内容を要約すると以下になる。
熊本城を攻め落とそうとする西郷軍は、徹底抗戦する鎮台軍に苦戦し、結果として悪戯に戦力を消耗する。その頃、政府の征討軍が海より九州に上陸する。それを知った西郷軍は、熊本城攻略を諦め、軍勢を向かわせたのが田原坂となる。
田原坂での戦いは最大の激戦となる。西郷軍は、約20日ほど善戦するも、兵力などの差により田原坂の撤退を余儀なくされた。
その後に続いた戦争でも敗れ、敗北色が濃厚となると、故郷鹿児島の城山(鹿児島市城山町)で最後の戦いに挑んだ。しかし、もやは兵力の差は歴然であり、最終的に西郷隆盛は自刃し果て、この戦争は終局を迎えることとなった。この戦争の死傷者は3万5千人にものぼるという。
このような歴史の眠る現地では、やはりその戦いでの戦死者の霊が現れるようだ。戦を思わせるような様々な音が聞こえるといったものが多いのだろうか。また、兵士の霊を目撃する事も、場合によってはあるのかもしれない。
この地に眠る霊たちは、果たして何を訴えているのだろうか。私は「志半ばで…」といった簡単な言葉では締め括れない想いが、この地に眠っているような気がしてならない。激動する明治初頭に、それぞれがそれぞれの意志のもと、それに突き進んだ結果が田原坂に眠っているのだと思う。この辺については、いつの日にか時間を掛けて書いてみたいと思っている。
「この田原坂は危険です」
といったコメントが、少なからず私のサイトに届いてくる。即ち、訪れた人間が“危険”と感じさせる想いや訴えが、ここには存在しているのだ。その危険を帯びてまで訴える“もの”とは何なのだろうか。ぬるま湯につかった現代に生きる私は、もはや恐怖以前に、その部分の答えを知りたいのである。こんな世の中だからこそ、その想いもより強くなるのだろうか…。
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| ■幽霊寺:永国寺 ・熊本県人吉市土手町 |
・情報提供者:匿名希望様
幽霊寺には、なんでも幽霊掛け軸があり、そのお寺の裏にいるという幽霊を描いたものらしい。
今でも、その幽霊はいるらしいです。
行った事はないのですが写真に写ったり、見えたりする方がいるそうです。
管理者注:
正しい名称は「永国寺」となる。掛け軸を描いたのは、この永国寺を創建した「実底(じってい)和尚」と伝えられている。
描き終えた掛け軸を、その霊に見せたところ、その醜さに驚き、以降は出現しなくなったとの事だ。
因みにだが、その霊は寺内の池に出現したと云われ、その池は今でも寺の裏手に存在している。
上記の提供情報でおいて「今でも、その幽霊はいるらしいです」との事だが、もしいるのならば、この池となるのだろう…か?
どちらにしても、心霊スポットと言うよりは、霊的観光名所といった解釈で、この幽霊寺と接するべきだろう。
熊本に出向く機会があれば、ぜひ立ち寄りたいスポットだ。
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