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■第三十一話
話し声:その1

 書籍執筆のための取材として、静岡県の「旧天城隧道」に訪れる機会があった。平成16年の頃だろうか。

 主な取材箇所は、旧天城隧道なのだが、仕事を休んでまでして取材に出向くのだから、はるばる東京から出向き、たったの1現場だけで取材を終えるのは実に勿体無いことである。なので、このような取材を行う場合、私は付近の心霊スポットもある程度おさえ、迫りくる時間と照らし合わせながら、出来る限り多くの心霊スポットに訪れるように心がけている。

 この取材時にも、他に数現場をリストアップして、あわよくば「全て出向く事が出来ればな」と欲をかいていた。しかし、結果を先に言ってしまうと、メインの取材と、その近くに存在する「八丁池」に訪れるのみとなってしまった。どうも私の取材スタイルは、1つの現場に“どっしり”と腰を据えてしまう傾向があるらしく、人によっては効率が悪く思えるのかもしれない。

 要するに、根が不器用なのか、はたまた馬鹿正直なのか、現地の様々な雰囲気を、身体中に蓄積しないと“こと”が起こせない性分なのである。情けない話なのだが。

 そんな話はさておき、その取材の際に起きた不思議なエピソードを、ここに残しておこうと思い、久々に自分の体験談を公開しようと思った次第だ。人によっては「不必要にダラダラと書きやがって」と思うかもしれないが、コンパクトにまとめるのが下手くそな人間の体験記として大目に見て頂けたらと思う。



 メインの現場である旧天城隧道に着いたのは、もうすぐ昼飯時の頃だっただろうか。厳密に言えば、目的地である旧トンネルに向かう旧道「踊子歩道」の手前の駐車場に到着したのがこの時間である。

 そのまま踊子歩道を車で進めば、確かに目的地までは数分で辿り着く。しかし、その道中を歩きながら、私の冴えない五感を無理やり働かせ、肌に染み込ますのがスタイルといえばスタイルであるし、この辺が先に書いた“効率の悪さ”を生んでいる何よりの要因でもある。

 ともあれ、旧天城隧道までは、距離にして約2キロ。平坦な道であれば15分程で辿り着くのだろうが、進むべく先は、どう見ても上り坂だ。単純に考えても、恐らくはそれより10分増しは間違いないだろう。また、随所で撮影も行うことを踏まえると、恐らくは倍の時間は覚悟せねばならないと覚悟した。

 進む先々で目についた撮影ポイント、例えば道中の雰囲気だとか橋だとかを写真におさめ、時に“わさび沢”を目にしたときは、思わず脳裏にあの有名な演歌が流れ始めてくる。決して演歌好きではないのだが、それでも例の歌を思い出さずにいられない空間であったし、またそれが妙に気持ち良い…というか“たまらない”瞬間でもあった。

 脳内にて、その地に相応しいBGMを流しつつ、少々の息切れを覚えながら目的地に向かう。後方より過ぎ去っていくタクシーに乗った老夫婦が、幸せそうに「ニコニコ」と笑う姿を見た時は、流石に

「俺も車で来れば良かったなぁ」

と後悔もしたが、それでも「これがスタイルだ」と心に言い聞かせながら目的地へと急ぐ。その途中の標識に「八丁池」というキーワードが見えてきた。今回の取材後に訪れようと候補に挙げていたスポットであり、後に訪れる場所でもある。

「ここから進めば行けるんだな」

と確認しつつ、まずはメインの目的地である旧天城隧道に向かった。

 旧天城隧道までは、案の定というか予想通りというか、やはり30分程で着くことができた。4月半ばの寒い時期ではあるが、流石に30分のウォーキングに、額は薄らと汗ばんでいた。

 平日にも関わらず、トンネルの前には観光客の姿もチラホラと見える。根本的に、人の姿の入った写真は必要ないので、撮影するタイミングが実に難しかったのだが、それでも数枚の坑口の写真を撮影し、早々に内部へと足を進める。

 トンネル内部は石造りで、等間隔でレトロチックな照明が設けられており、独特の雰囲気を作り出している。また、石造りのトンネルとしては国内最大の長さを誇っており、そういった事実を踏まえた上で潜入すると、これまた何ともいえない優越感みたいなものを覚えるのが不思議だ。例えていうなら

「何にしても日本最大の場所に居るんだ」

といった感じだろうか。ともかく、そんな少々の興奮した気持ちを携えての潜入であった。といって、肝心な霊的要素に興奮を覚えたかといえば、これは実に微妙なところである。数人とはいえ観光客も存在し、また先にも書いたとおり照明施設も整っているトンネルである。比較して物事を語ってはいけないのであろうが、それでもついつい

「旧旧吹上トンネルの方が…」

と思ってしまったのは正直なところだ。もっとも、この霊的要素の出現率とは実に気まぐれなのは重々承知で、相性やタイミング的な要因が幾重にも絡みついているものだと個人的には考えている。1回の取材で何もないからといって「何もなし」と判断するのは余りにも強引だし、かといって100回訪れたからって、何もない時は何もないのが、この霊的要素の憎い部分だ。

「往復する際に何かしら感ずるものがあれば…」

と期待しつつ、反対側の坑口へ出て周囲を撮影。そこから引き返した訳なのだが…。結果として、特に何が起きた訳でもなく、何らかのハプニングが起きてこそ、最大のウリをとなり得る取材を行っているだけに、実に残念な結果となってしまった訳である。もっとも、広い意味で捉えれば、順調な取材を行えたといえなくもないのだが。

 因みにだが、この旧天城隧道における噂は、例えば“奇妙なうめき声が聞こえる”といったものや“壁面に人の顔が浮かぶ”といったものをはじめ、様々なものが聞かれる。有名スポット特有のバリエーションの豊富さを誇っているのだが、先にも書いたとおり、今回の取材においては何も起きなかった。

 かといって、「それではネタには全くならない」という訳では決してなく、やはり現地の独特な雰囲気は訪れねば知り得ないものであり、その辺については行く行くレポートなどにまとめることとなるだろう。単に“体験談的”という観点からということである。また、有名なスポットであるだけに、その期待が必要以上に大きかったのは隠せない部分だろうか。

 何やらかんやらと、約2時間程で旧天城隧道での“ある意味順調”な取材を終え、来た道を戻りつつ、八丁池への分岐点へ辿り着く。標識には池までは約5キロと書いてあったのだが、先ほど距離の2.5倍と考えれば何てことはない。そう考えて、迷わずそのまま昼食も取らずに、また実に安易な気持ちで、大自然の中に存在する「八丁池」に向かうこととなった。





その2へつづく

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