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■第十三話
予感

人に働く「予感」やら「第六感」やらありますが、まんざらでもないなと思う時が、しばしばある。

考えてもみれば、蟻は大雨を予測し、大行列を成して大移動をしたり、大地震の前には鼠が大勢で逃げ回ったりするらしい。
科学的根拠なんて、現段階では何もないでしょうが、やはり「何か」があると思うし、その「何が」というものがあるのだから、行く行くは科学で証明もされると思う。
今後の科学の進歩に期待しつつ、私の「予感」の話でも致しましょう。

私が19歳の頃、いよいよをもって普通自動車の免許を取得し、ようやく自由に車を乗れる日がやってきました。
バイトをして貯めたお金で車を購入し、毎日の様にドライヴしていたのを昨日の事のように思い出します。

毎日がとても楽しかった。
今まで行けなかった遠い場所、三浦半島から江ノ島へ、そのまま湘南平へ向かい、次の日は何所にしようかと考えながら、バイトが終われば毎日ドライヴに明け暮れていました。

そんな感じですから、自宅に帰ってきても、頭の中は車の事しか考えられず、床についても頭の中で「ドライヴ」していました。
イメージトレーニングみたいなモノなんでしょうかね?
すっかりドライヴのイメージトレーニングが日課となっていました。

ある時、友人の車と二台で厚木方面へ向かいました。
その時は何もなかったのですが、深夜に帰宅し、

「明日も行こうね〜」

と友人と約束し自宅へ向かった時に、何とも言えぬ妙な胸騒ぎが私を一瞬襲いました。
しかし、日々夜更かししているものだから、帰宅後は睡魔に早速襲われ、また翌日も朝からバイトも入っていたので、睡眠をとる事にしました。

しかし、目を閉じてもすぐに寝れないのが、私の幼き頃からの悪い癖である。
睡魔に負けそうになるのですが、それでも寝ようと思うと妙に目が冴えてしまうのが、癖であり悩みでもありました。
そうなってくると、ついつい考えてしまうのは、事はやはり「車」の事です。
頭の中で、結局いつもの通りドライヴしていました。

頭の中でイメージする、見た事のない道路。
軽い下り坂から右へ曲がる、それなりに急カーブ。
そんなコースが頭の中にイメージされました。

そんなカーブを普通に曲がろうとするのですが、そのカーブが何故か曲がれない。
曲がろうとしてもコースアウトし、壁に激突してしまうのです。

「うわっ!」

驚きと共に体が瞬時に硬直し、閉じていた目が無意識のうちに開きました。
驚きはしたものの、考えても見れば想像上の事なので、気を取り直して再び同じ様なコースをイメージしました。
どうってことのない、それなりの急カーブなのですが、やはり曲がれず激突してしまう…。
再び目をあけ。恐怖に硬直した体を手のひらで意味もなくさする。

「なんで曲がれないんだよ…」

そんな事をブツブツ言いながら、その日はそのまま寝てしまいました。

翌日になり、バイトに行ったのですが、その嫌なイメージは脳裏から離れません。
業務も集中出来ず、それを察したのかバイト先のチーフが


「今日は帰れ!」


と一喝しました。
仕事に身が入っていない事にハラを立てた様です。
私としても仕事に集中出来ず、そんな状態で仕事をしててはかえって迷惑だろうし、その日は途中で帰宅する事にしました。

と言って、自宅に帰ったとしても、嫌な予感は頭から離れる事はありません。
不安感を何とか忘れようと、始めたばかりの煙草を、やたらと吸っていました。

嫌な予感に支配されたかのような時間が過ぎ、やがて夜になりました。
友人との約束の時間となり、友人が私を呼びに来ました。


「行こうぜ!」


私は、よっぽど断ろうと思いました。
しかし、嫌な予感とは別に、楽しい事に対する欲求みたいな物も込み上げてきます。
嫌な予感を感じつつも「すぐ行く」と返事をしてしまいました。

友人との話し合いの末、その日の行き先は、神奈川県の「水郷田名」に決まりました。
相模川の津久井方面に掛かる橋付近で、夏は河原でバーベキューなどが盛んに行われている行楽地です。

また、後の話となるのだが、この付近には私の父親と弟のお墓が建てられる事となります。
因縁めいた土地となってしまうのですが、その当時は勿論知る余地もない。

目的地までは、何事もなく事無く到着すしました。
河原にそのまま車で下りて、しばしの休憩をとる事にしました。
季節は11月という事もあり、当日はとても肌寒かったのを覚えています。
持参した使い捨てカメラで写真撮影をし、次の場所へ移動するべく再び車を走らせました。

当時の私は、シートベルトなど全くと言って良いほどしていませんでした。
全く持って褒められた行為ではないのですが、当時はイキがっていたのでしょう。
カッコ悪いなどというつまらない理由で、大切な義務を、私は無視していました。
しかし、何故かその時はシートベルトを装着していました。
嫌な予感が影響したのかどうかは、はっきり言って分りません。
ただ、半ば無意識のうちに装着したのが、今でも不思議でならりません。

車を河原から本道へ向かわせ、今度は川沿いの道を、津久井方面へと走らせました。
最初のカーブに差し掛かった時、昨日より感じていた嫌な予感が、再び我が身を襲いました。

二つ目のカーブ。
先頭を走る友人は快調に車を走らせ、私を引き離します。
嫌な予感を感じながらも、友人から離されまいと、アクセルを踏み込みました。

三つ目のカーブ…。
軽い下り坂から右に曲がる、そこそこの急カーブが、目前に迫っていました。

「あっ!このカーブは!」

瞬時に思ったのどほぼ同時に、とても強い衝撃がわが身を襲いました。
気が付けば、車からは白い煙があがり、また「シュー」という異音が聞こえています。
何かに衝突したのは明らかです。
車から降りて確認すると、どうやら柿の木に激突したらしい…。

フロントが見るも無残な姿へと変貌してしまった私の車とは対照的に、私の体は殆ど無傷でした。
スネに若干の打撲を受けましたが、そんなのは大した怪我じゃなありません。
正にシートベルトのお蔭でした…。
あの時、シートベルトをしていなかったら、私はあの「柿の木」に激突していたのだと思います。
車の破損状況からすれば、今こうしてこの話を書いている未来なんてなかったのかもしれません。

放心状態のまま、事故した車を見ながら、昨日から続いた予感の事を考えていました。
もしも予感が無ければ、シートベルトをしていたかさえ分らない。
改めて背筋の凍る思いが押し寄せ、また自分が折角購入した車が、1週間と少々で「おしゃか」になった事に対する虚しさが同時に我が身を襲いました。

虚しさに支配されつつ、それでも

「よくもまあ打撲程度で済んだなぁ」

と胸をなでおろしつつ、激突した柿の木の後ろを、何となしに見てみました。
すると、そこには


オレンジ色が余りにも不気味な色合いの

彼岸花

が、たった一本その木の後ろに咲いていたのが
不気味なまでに記憶に残っています…。
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