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□この話は「やぶ医者様」が、
2002年9月16日に投稿して下さった作品であります。
■投稿作品第五十一話
オペの湯の怪人…

 古い手術棟が使われていた頃の話である。
それは築30年近くたっている上、ICUから遠かったため、
だいぶ使い勝手が悪かった。

 今では新しい手術棟に変わってしまっている。
 古い手術棟には、通称「オペの湯」と呼ばれていた、入浴施設があった。
ちょっとした銭湯位のスペースで、手術後に医師や看護師が、
汗や返り血などを流すために使用する。 
 しかし、これは男湯のみである。
女性は、別に個人用のシャワー設備があるだけだった。

 さて、この今は無き「オペの湯」は、結構独身の医者には好評だった。
24時間入れるので、手術とは関係のない内科当直医まで入っていることもあった。
 これはそんな「オペの湯」愛好家、内科のH先生に聞いた話である。





 ある病棟当直の夜、患者も特に重傷の人はおらず、平和な夜だった。
H先生はふと、「オペの湯」に入ってこようと思った。
昨日は忙しかったので、風呂に入る暇も無かったのだ。

 看護師さん達にその旨伝えて、H先生はいそいそと
お風呂道具(常備)片手にオペ室へ向かった。

 緊急手術のない夜は、オペ室も静まり返っている。
オペの湯はH先生一人だった。ここで、オペ上がりの外科の先生たちと話すのも、
それなりに楽しみなH先生は、なんとなく一人で大人しく入っていた。
 実のところ、以前一人だったときに気持ち良く歌を歌っていて、
途中で緊急手術が始まったのに気がつかず、筒抜けだったことがあったらしい。
何でも、部屋中大爆笑で、手が震えてしまったと後で外科の先生に言われたらしい。

 大人しく湯船に浸かっていたH先生は、
ふと湯煙の向こうに、他の人影を見つけた。相手も湯船に入っているようだ。

 おや?と先生は思ったそうだ。いくらなんでも、
人がいるかどうか分からないほど、風呂が大きいわけではない。
しかも、こちらを見るその人は、H先生の知らない顔だった。

 しばらくH先生は考えて、おかしいなと思った。
その相手のいる付近のお湯が、妙に赤い。そして、先生は気が付いた。

 その人(?)は、湯船に入っているわけではなかった。
入っているように見えたのは、湯船の縁に、生首が載っているだけなのだった。


 「うわわわっ!?」


 さすがに驚いて、H先生は湯船から立ち上がろうとして―――足を滑らした。
その動作で湯の水面が揺れ、お湯がザブッとあふれた。
 それはお湯に流されたかのように掻き消えた。お湯も元通りである。

 恐る恐る首の載っていた縁の向こうを覗いても、そこには何もなかった。


 「??????」


 しかし、その後もH先生は「オペの湯」を愛用し続けたのだった。

 しかし、湯が真っ赤になったとか、誰も入れてないのに
柚子が浮いていたとか(笑)、誰もいないのに歌声が聞こえてくるとか、
意外に地味ながらも噂の多いスポットであった「オペの湯」の話でした。


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