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□この話は「オズ様」が、
2010年8月10日に投稿して下さった作品であります。
■投稿作品第二百四十七話
足音…


今回は、僕は以前勤めていた会社で体験した事を話そうとおもいます。
18年くらい前の話です。

その会社は退職してしまい、現在は別の会社に勤めているのですが、当時その会社は東京山手線H駅から徒歩5分程度の雑居ビルの最上階にありました。

会社は現在、移転して東京の別の場所にありますが、その雑居ビル自体はまだ存在してますし、どこかの会社が入っているようですので詳しい場所を書くのは止めておきます。

まぁとにかく、いわくの多いビルでした。
そのビルのどこの階の会社でも、何かしらの現象はあったようです。
僕は知りませんが、飛び降り自殺も2件ほどあったそうです。
会議室で男性が一人ぽつんと座っているとか、給湯室に女性がいたとか、僕の同僚は夜に誰もいない席から内線電話が何度もかかってきて非常に迷惑したとかって話もしてました。

このビル、エレベーターから出ると、目の前にちょっとしたスペースがあり、左側は壁、右側には階段、正面に会社事務所の入口となってます。

入口の扉を開けると左右に廊下がのびていて、右に行くとトイレや書庫、給湯室なんかがあり一番奥の突き当たりに外に出る非常階段がありました。
非常階段のある突き当たりを、左に入ると会議室や営業部になってます。
エレベーターから入口を入って左に行くと、突き当たりに社長室、もうちょっと手前の右側に受付があって、そこに僕のいた総務部がありました。
その総務部から、先ほどの営業部や会議室は見渡せますので、要は廊下の壁を隔てて事務所が広がっているって感じです。

ある日、女性社員2名(先輩と後輩)と僕の3名で残業をする事になりました。
先輩の女性が一人でデスクワーク、僕と後輩の女性の二人は先輩から少し離れた場所で並んでパソコン入力してます。
当時、どういう訳が知りませんが、女性社員の間では、残業中はエレベーター前の入口の鍵を閉めるっていう事をしていました。

何かが入ってくるから…

と言ってましたが。

鍵を閉めたって事は、つまり今現在社内にいる人以外は誰も入ってこれない状況になるんですね。

たしか夜9時過ぎくらいだったと思います。
突然、パソコンがある壁の向こう側から

『コツ、コツ、コツ…』

と足音が聞こえます。
壁の向こうと言うのは、ちょうどエレベーター入口から入って正面の壁に当たる場所です。

「あれ?鍵閉めてなかったっけ?」

後輩女性に聞くと

「閉めました」

との答え。
来客がある時間帯でもありませんが、来客であれば左に向かい受付にくるはず。
それ以前に、入口から入った時点で、位置的に先輩女性が見えているはずです。
しかし、先輩はまったく気づく風でもなく仕事しています。

『コツ、コツ、コツ…』

「あれ?なんだろ?奥に行ったな…」

奥と言うのは、入口を入って右、営業部の方です。
自信はありませんが足音からして男性が歩いているような気がします。

『コツ、コツ、コツ…』

足音が遠ざかっていきます。
突き当りまで行ったようです。
そこからは非常階段に行くか事務所に入ってくるかしかありません。
後輩と二人で奥の営業部の方を凝視していると、スッと影が会議室に入っていくのが見えました。

「入ったな…」「入りましたね…」

そんな会話をしつつ、唯一の男性である僕が確認しに行くことに。
ズカズカと音を立てながら会議室まで歩いていき、中を除くと誰もいません。
最初に話したように、会議室に座っている男性の霊って話を聞いてましたから、ほっとしたような、ちょっと見たかったような複雑な気分です。
席に戻り

「誰もいなかったよ」

と後輩に話し、仕事にかかろうと思った途端、目の端にスッと影が横切るのが見えました。
今度は何かが会議室から出てきたんです。
僕が見に行ってますから誰もいなかったのは確かです。

『コツ、コツ、コツ…』

足音がします。どうやら廊下を戻ってくるようです。

『コツ、コツ、コツ…』

廊下を戻ってくるという事は、こちらに近づいてくるって事です。
もうその頃には、完全に生きている人間ではないって確信がありましたから、何事もなく入ってきた入口から出て行ってくれる事だけを僕と後輩は祈ってました。

『コツ、コツ、コツ…』

壁を隔てた向こう側を足音が通り過ぎて行きます。
どうやら僕らの願いも虚しく、彼はこちらに来るつもりのようです。

『コツ、コツ、コツ…』

受付のあるカウンターの辺りまで足音は来たようです。
そこから入ってくれば、右目の端に嫌でも姿が入ってきてしまいます。
それ以前に、デスクワークをしている先輩が気づくでしょう。

『コツ、コツ、コツ…』

入ってきました。確かに視界の隅に影のような黒いモノがうつりました。
後輩も同じように視えているようです。
しかし、何故か先輩は気づきません。

『コツ、コツ、コツ…』

事務所に入ってきた影は、そのまま僕たちの方にやってきます。
ひどい吐き気と寒気、背中の毛が総毛立つような感覚、左肩を握りつぶされるような痛み…これは絶対に振り返ってはいけないような気がしました。

「おい、何があっても振り返るなよ」

「はい」

小声で会話し、僕たちは気づかないふりを決め込みました。

『コツ、コツ、コツ…コツッ!』

足音は、完全に僕と後輩の間で止まりました。
確実にナニかがそこに立っていて、僕たちを見下ろしている気配はします。

ヤバイ、ヤバイ、どうする、どうする…

そんな答えの出ない事だけが、頭の中を駆け巡っています。
すると

「あ…や…ちょっと…やだ…オズさん…助けて…」

隣から後輩の声が聞こえてきます。
正面を見たまま視界の隅で確認すると、後輩は後ろを振り向こうとしています。
…というより、振り返らせようとされているってのが正しいんでしょうか。
何か見えないモノが抵抗する彼女の頭をつかみ、強制的に振り返らせようとされている感じなんです。
とりあえず、絶対に見ちゃいけないってのだけはわかります。

どうする、どうする…

いろいろ考えました。
昔からよく見えてしまうってだけで、僕自身はそういう現象に対して何かできるわけではありません。
考え抜いた末に出した答えは

「だぁーーーー!!!!」

とりあえず、大声で喚いて立ち上がりました。
その途端、鍵が閉まっているはずの入口が、物凄い音を立てて

バターン!!

と開いたんです。

キャー!!!!!

隣で後輩の悲鳴が聞こえます。
何が起きているのか確認したくもありません。

ワー!ワー!!ワー!!!

僕は大声で叫び続けます。
フッと影は消えました…ような気配がしました。
馬鹿みたいに大騒ぎしている僕と、泣きじゃくっている後輩に

「うるさい!何騒いでるの!」

と先輩が怒ってきました。
事情を説明したのですが、先輩は

「何もなかったよ。突然アンタたちが騒ぎ出しただけ」

との事。
後輩が何を見たかは知りません。

「言いたくない」

とだけ言って黙ってしまいました。
とりあえず今日はもう終わりにしよう。
そう言って、みんな帰宅しました。

ちなみに、最初に少し話した、同僚が誰もいない席から内線電話がかかってきたって話の、誰もいない席というのは、僕たちが座っていたパソコンのあるデスクです。


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