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コラム4:「女郎蜘蛛伝説」



・女郎蜘蛛伝説(浄蓮の滝の説明看板を参考に作成)

その昔、ある秋の日に土地の農夫である「与市」が、畑仕事を終えた帰り道の事であった。辺りに闇が込め始めた夕刻の浄蓮の滝付近、足を急がせた与市のその足に何かが絡まり、自由を完全に奪われてしまった。

「何が絡まってきたんだ?」

与市は自由の利かなくなった自分の足を見て、愕然としてしまう。そこには、不気味な色を放ち、しかもやたら太い蜘蛛の糸が絡まり付いていたのだ。

「な…何なんだこれは!!」

尋常でない恐怖に襲われ我を忘れそうになるも、何とかその糸を解く事が出来た。一安心した与市は、何の気なしに蜘蛛の糸を近くに自生していた木に巻き付けた。そしてそのまま家路に付こうとすると、突然蜘蛛の糸が動きだし、巻き付けていた木が引き抜かれ空中に舞い上がったのだ。舞い上がった木は、まるで浄蓮の滝が糸を手繰り寄せるかの様に、滝壺へと吸い込まれて行った。

恐怖に慄き愕然とする与市の耳に、怪しい声が響き渡った。

「今起きた事は一切他言はならぬぞ!」

与市はこの後、この命令を生涯守り通した。また今まで以上に一生懸命に働き、やがて名主となり、滝近くの立入と立木の伐採を禁じる様になったのである…。

時は流れ、与市の代から幾十代かの後裔に「与左衛門」がいた。代々守ってきた命令なのだが、時の流れに恐怖感が薄れてしまったのか気の緩みなのか、与左衛門はこの御法度を忘れてしまう。滝の上の木々を切ろうとしたのだ。力一杯に斧を振りかざし、木に振りかざすと、何故か手から滑り抜けてしまい、その斧は滝壺へと吸い込まれてしまった。

「これは早く拾わねば」

大切な仕事道具である斧を取り戻そうと、滝壺にたまらず飛び込んだ与左衛門だが、そんな彼の目の前に、非常に美しい、しかしそれ以上に不気味さを醸し出す女性が突如現れたのである。

「あなたの捜しているのはこの斧ですね?この斧はお返しします」

驚いた与左衛門は、ただただ立ち尽くすばかりだ。続けてその女性は、念を押すような口調でこう言った。

「私の事を口外してはいけません」

「今後付近の木を切る事もなりません」

そう伝えると、その美しくも怪しい女性は姿を消したのであった。与左衛門は、先祖伝来滝の主、女郎蜘蛛の化身に違いないと今更ながらに気付き、恐怖におののいたのであった。

その時の恐怖は与左衛門のその後にも影響する。その出来事から逃げるように、避ける様に酒に溺れる毎日を過ごす様になってしまったのだ。

そんな日々を続けた与左衛門だが、ある村祭りの宵に、何を血迷ったのか、この話を身振りおかしく話してしまったのだ。その時、突如天候が悪化し雷鳴が轟き、その光が与左衛門の家を真っ二つに引き裂いたのであった。慌てて家に集まった村民は、その無残に引き裂かれた家の中に

不気味な八本の足、らんらんと目を輝かす大蜘蛛

の姿を見たのであった。また、何故か家の主である与左衛門の姿はそこにはなかった。村人が捜すも全くもって見当たらない。行方不明となってしまったのだが、数日後に彼は遺体となって見つかったのであった。発見場所は、浄蓮の滝の滝壺で、そこに恐怖に引きつった表情を見せながら、水面をゆらゆらと浮かんでいたそうである…。


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